大阪地方裁判所 昭和48年(ヨ)1324号 判決 1975年10月31日
申請人
上村秀信
右代理人
岡田義雄
被申請人
日本精機株式会社
右代表者
森暁
右代理人
永澤信義
外三名
主文
本件申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、申請人
(一) 被申請人は申請人を仮に被申請人の従業員として取扱え。
(二) 被申請人は申請人に対し、金二九万五、七四〇円および昭和四八年五月一日以降毎月二五日限り一カ月金四万九、二九〇円の割合による金員を仮に支払え。
二、被申請人
主文と同旨
第二、当事者の主張
一、申請の理由
(一) 被申請人(以下会社ともいう)は肩書地において、ステンレス鋼線製造工場を置いてステンレス鋼線等の生産を業とする株式会社であり、申請人は三カ月の試用期間(更新あり)付で昭和四七年二月二一日より被申請人に雇われ、臨時工として枚方工場加工二課の現場で勤務をしていたものである。
(二) 会社は昭和四七年二月二一日申請人が入社に際してなした経歴の申告が就業規則第六七条第二号「重要な経歴を偽り又は不正の申出によつて雇傭された者」に該当するものとして、昭和四七年一〇月三〇日申請人を諭旨解雇する旨の意思表示をなした。同処分では退職願を提出しないときは懲戒解雇にすると条件づけられており、申請人は退職願を提出しなかつたため、懲戒解雇処分に付された(以下本件解雇という)。
(三) しかしながら右解雇は次のいずれかの理由により無効である。
(1) 先ず会社の主張する就業規則違反の事実はない。すなわち申請人は履歴書について「大学中退」の経歴を記載しなかつたが、これは「大学中退」と書くことによつて当時の社会的現実として学生運動家とみなされて理由もなく採用されないことがあることを考えて記載しなかつたものであり、高卒者としての労働契約を甘受し「大学中退」者としての待遇を求める意思がなかつたからである。このことは相手を高学歴者と誤信させて利益をうることとは全く逆で、自己の学歴を低くみられた状態で自己の労働力を売るという真意に出たものであり、これにより「労働契約関係での信頼関係」が失なわれることは全くありえない。従つて本件就業規則にいうような「重要な経歴を偽る」ということには該当しない。又、採用のための募集につき新聞広告等に学歴制限のあることが明示されていなかつたために記入しなかつたにすぎず、この点からしても就業規則第六七条第二号違反として非難されるいわれはない。
(2) 次に本件解雇は不当労働行為であるから無効である。すなわち申請人の前職である株式会社金剛測量製図機械店(以下金剛測量という)での被申請人の聞き込み、申請人が勤務する加工二課の直問題(加工二課交替勤務変更の問題)、阪神労働組合活動者会議と申請人の関係を被申請人が察知したこと、申請人が第一回目の本工としての採用を留保された際、いち早く会社従業員で組織する全国金属労働組合支部へ働きかけたこと、申請人の上司たる関係者が申請人の右一連の行動を注視していたこと等からすれば、会社の真意は申請人の労働組合運動への指向に対して、その芽をつみとることにあつたことが明らかである。したがつて本件解雇は申請人の労働組合活動を忌み嫌つての解雇で不当労働行為であるから無効である。
(3) 本件解雇は阪神労働組合活動者会議等への参加による申請人の思想、信条に基づく差別であるから無効である。
(4) 本件解雇は重きに失し、懲戒権の濫用であつて無効である。
しかるに会社は昭和四七年一〇月三〇日申請人を解雇したとして、以後申請人を従業員として取り扱わず賃金を支払わない。
(四) 申請人の昭和四七年一〇月三〇日当時の平均賃金は一カ月金四万九、二九〇円、賃金支給日は毎月二五日である。
(五) 申請人は会社から支払われる賃金で生活を維持している労働者であつて、会社から賃金の支払を受けなければ生活に窮し回復しがたい損害をこうむるおそれがある。
二、申請の理由に対する認否及び主張
(一) 右(一)、(二)、(四)の各事実は認めるが、(三)、(五)の主張は争う。
(二) 本件解雇は次の理由に基づくもので有効である、
1 申請人は会社の募集に応じ三カ月の試用期間を定めたいわゆる臨時工(本工採用試験の受験資格が一定の条件を満たすことによつて発生する)として採用されたものである。その際申請人は「最終学歴昭和四〇年三月熊本県立多良木高校卒、職歴昭和四〇年五月建設業大原組入社、同四四年一月右退社、同四六年七月金剛測量入社」と記載した自筆の履歴書を提出した。
2 ところが昭和四七年六月中旬、申請人が本工採用試験を受験するに際して会社が履歴の再調査をなしたところ、申請人の前職である金剛測量入社以前の経歴について確認がとれない状態のため、本工としての採用を留保し確認をとるため更に調査を続行していたところ、同年一〇月初旬申請人は昭和四〇年四月熊本商科大学商学部に入学し、同四五年七月三一日同大学を五年次中退している事実及び同四〇年五月より同四四年一月迄大原組に勤務したことがない事実が各判明した。
3 右申請人の学歴及経歴の虚偽申告は就業規則第六七条第二号に懲戒事由として定めた「重要な経歴」に属する詐称に該当する。
(1) すなわち会社は申請外日本冶金工業株式会社の関連会社の一つであり、昭和三八年一月より職能資格制度を採用しており、従業員は職員(職員、準職員)と工員(技能員、作業員、傭員)に分離され、大卒者を主とする職員は前記日本治金工業株式会社で採用され、同社より会社に在籍出向し、現場作業員である作業員見習は高卒者以下の学歴者のうちから、被申請人が独自に採用するという体制を採り、職能資格によつて採用基準、採用手続、労働条件等を異にしている。
(2) ところで会社が職能資格規定において現場作業員の採用基準として大卒者及びこれに準ずると目される高学歴者を排除しているのは次の理由に基づく。
(イ) 会社の現場作業は肉体労働に依存した画一的反覆継続の熟練手作業であり、その性質上高学歴者は一般的耐性を欠きがちで十分な作業能率を期待しえない。
(ロ) 現場職部門に高学歴者が混入することは生活感情、思考方法その他について他の者との距離があり、その違和感が職場協調の破壊を招くおそれがある。
(ハ) 高学歴者は現業職として長期間の継続勤務を期待しえないという一般的恐れがある。(すなわち高学歴者は当初は高卒としての待遇を容認していても、その内に工員としての待遇について不満感が発生しやすい。)このことは熟練労働力を確保しえない結果を招き易い。
(3) 以上のとおり被申請人においては作業員の採用については高学歴者を採用しない方針をとり、これを厳格に実施してきたところ、申請人の詐称した最終学歴は大学の教養課程及び三年次の専門課程を修了し四年次の試験を一応受験した大学五年次中退であり、まさに大卒に準ずる者に該当し採用の際真実の学歴を申告しておれば、被申請人は前記方針から申請人を採用しなかつたことは当然であり、この意味から申請人の行為は重要な経歴詐称ということになる。
4 使用者が労働者を採用する際にその経歴を重視する理由は、労働契約が継続的労務供給契約であるところから労使間の信頼関係が基礎づけられる必要があり、そのためには労働者の労働力に対する評価ばかりではなく、その労働者の職場に対する定着性、企業秩序、企業規模に対する適応性、その他協調性等に対する評価も必要であり、もつて労働力の位置付、組織付、企業秩序の維持安定、労使間の信頼関係の設定に役立せようとするにある。故に採用試験を受けるに際して労働者が使用者側の右調査、判断の資料を求められた場合、できる限り真実の事項を明らかにすることは労働者の信義則上の義務である。
経歴を詐称することは労働者の労働力、全人格に対する使用者の評価を誤らせ、ないしは誤らせる危険をもたらすものであつて、労働者の不信義性を示し、労使間の信頼関係、企業秩序安定に重大な影響を与えるものであり、申請人の経歴詐称は前記のとおり全経歴の詐称に近いものでその不信義性は極めて甚だしいものであり、申請人の如き現業職である作業員の募集についてその作業の性質、待遇等からして、一般的に高校卒業者以下の者をその募集対象としていると受け取るのが世間の常識であり、申請人のような大学卒もしくはそれに準ずる者の応募を予期して予め学歴制限の旨を明示しなかつたとしても募集方法に違法はなく、この点の申請人の主張は争う。
(三) 不当労働行為の主張は争う。
申請人は入社以来臨時工員のため組合員ではなく、入社以後積極的な組合活動をなした実績は全くない。申請人主張の加工二課交替勤務変更の問題について申請人がこれに反対していたことは事実であるが、申請人も認める如く組合との交渉によつて円満に解決したものである。右問題が惹起したのは九月二日であり、この時はすでに前記のとおり会社は申請人の履歴の確認がとれれば採用の予定で行動していたのであり、組合活動を嫌悪しての処分など考える余地は全くない。又、会社は金剛測量の担当者より申請人は組合活動をしていなかつたと聞かされており、仮りに申請人が同社で組合活動をしていたとしても同社の組合員から「申請人は組合活動をしていない」と言わせる程度であり、会社が知る由もない。申請人は阪神労働組合活動者会議の主催する労働学校に通学していた様であるが、右事実について被申請人は全く知らなかつたのであり、仮りに知つていたとしても右通学はいかなる意味においても組合活動というを得ず、本件において不当労働行為である旨の主張は全く理由がない。
(四) 思想信条による差別扱いとの主張も争う。
申請人が如何なる思想、信条をもつていたのかは、会社において知る由もなく、又具体的な主張自体存在せず、申請人の主張は言いがかりもはなはだしい。
(五) 解雇権濫用の主張も争う。
申請人の採用は採用方針に背離したものでその事由に鑑みて解雇以外の懲戒権の行使の余地は企業秩序維持の観点から考えられないのであるが、会社は本人の将来を考え任意退職の勧告を再三なしたのである。しかし、申請人はこれに応じなかつたものである。
更に経歴詐称発覚の経緯、採用より処分迄約八カ月にすぎない点などから考えて解雇権の濫用と考えられる余地は存しない。
第三、疎明関係<略>
理由
一会社が肩書地にステンレス鋼線製造工場を置いてステンレス鋼線等の生産を業とする株式会社であること、申請人は三カ月の試用期間(更新あり)付で昭和四七年二月二一日より被申請人に雇傭され会社の枚方工場加工二課の現場で臨時工として勤務をしていたこと、申請人が入社の際熊本商科大学を五学年次で中退しているのにもかかわらず、「最終学歴、昭和四〇年三月熊本県立多良木高校卒、職歴昭和四〇年五月建設業大原組入社、同四四年一月右退社、同四六年七月金剛測量入社」と記載した自筆の履歴書を提出したこと、会社が申請人を本工として採用することなく同四七年一〇月三〇日申請人の右学歴詐称は就業規則第六七条第二号所定の「重要な経歴を偽り、又は不正の申出によつて雇傭された者」に該当するとして、同日付で申請人を解雇する旨の意思表示をしたこと(本件解雇)は当事者間に争いがない。
二そこで本件解雇の意思表示の効力について判断するに本件解雇は試用期間中の解雇であるから、まず右のような試用期間の定めのある労働契約の性質と解雇権との関係について検討する。
一般に使用者が労働者を雇傭するに際して一定期間の試用期間をおく趣旨は、その間に被用者の能力、勤務態度、定着性の有無等について検討し従業員としての適格性を判断し、被用者を引き続き雇傭するか否かを決定する反面、適格性を欠くと認める者をできる限り容易にかつ速やかに企業から排除することができるようにすることにあるものと解せられる。したがつて試用期間中は前記のようなこれをおく趣旨に鑑み、右適格性等の判定に当つては、就業規則等に定められた解雇事由や解雇手続等に必ずしも拘束されない解雇権が留保されているものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、<証拠>によれば、会社においては本工として採用されるためには、入社して三カ月以上経過したとき定期的に行われる本工採用試験を受験し、その成績及び試用期間中の勤務成績の結果に加えて、更に前歴を再調査するという統合判断により、本採用の採否を決定していることが疎明される。従つて申請人と会社間で締結された雇傭契約は、試用期間中に会社において従業員としての適格者と認めるときは(右適格性の認定が恣意的であることは許されず試用期間制度の目的に適合する合理的な範囲に制約されることは当然である。)解雇できる旨の解雇権が留保された期間の定めのない一個の契約であると考えられる。
三申請人は右学歴詐称は懲戒解雇事由に当らないと主張して懲戒解雇の効力を争うので叙上の観点に立つて検討する。成立に争いのない疎甲第一号証によると、会社の就業規則第六七条は「従業員が左の各号の一に該当するときは懲戒解雇とする。但し情状により減給、出勤停止又は諭旨解雇に留めることがある」旨定め、その二号には「重要な経歴を偽り、又は不正の申出によつて雇傭された者」との規定があることが疎明される。
ところで使用者が労働者を採用するにあたつて履歴書等を提出させてその経歴を申告させるのは、労働者の全人格的判断を行うための資料とするほか、採用後における労働条件の決定、労務配置の適正を図るための資料に供するためであるから、労働者が採用されるにあたつて虚偽の経歴を申告することは、その者の不信義性を示し、労使間の信頼関係の破壊を意味する。労働契約は継続的労務供給関係たる性質上、使用者と労働者との間の強度の相互的信頼関係に基礎づけられ、右信頼関係なくしては契約の維持はおろか契約の締結すら実現を期しえないものである。したがつて労働者が使用者の行う採用試験を受けるにあたり、使用者側から調査、判定の資料を求められた場合には、できるかぎり真実の事項を明らかにして信頼関係の形成に誤りなからしめるように留意すべきは当然であり、このことは労働契約を締結しようとする労働者に課せられた信義則上の義務である。労働者が使用者から問われた経歴について真実を記載し又は申告することも、右の観点から要請されるところである。
それ故、試用期間中の従業員について経歴詐称の事実が発覚した場合において、使用者が前記留保された解雇権を行使して当該労働者を従業員として不適格と認め解雇することは、その詐称された事項が当該企業における当該職種の従業員の合理的採用基準に照らし重要でないとか、経歴詐称が労使間の労働契約関係を維持することを著しく困難ならしめる程のものでないと認められるような場合を除き、正当として是認されるべきである。
これを本件についてみるに、
(1) <証拠>によれば、会社は昭和三八年一月より職能資格制度を採用し現場作業員見習は高卒者以下の学歴者のうちから採用するという方針を堅持して今日に至つており、申請人の最終学歴が当初から判明していたならば従業員として採用しなかつたであろうこと、会社においては現場管理職の大部分は高卒以下の学歴者から採用されており、それ以上の学歴を有する者を右現場管理職の下に配置することは労務管理上支障を来すことが右方針の根拠とされていることが疎明される。又、高学歴者は現場作業の画一的な単調労働に対する耐性を欠き勝ちであり十分な作業能率を期待しえないおそれがあること、高学歴者が当初は現業職としての待遇を容認していても、時日の経過により工員としての待遇について不満感が発生しやすいことは一般経験則上明らかであることを前認定事実と合わせ考えると、会社が現業職は高卒以上の者を採用しないという方針をとつていることをもつて不合理と評価することはできない。そうとすれば申請人が詐称した最終学歴の点が会社の現業職採用基準に照らし重要でないとは言えず、右詐称は就業規則所定の懲戒事由としての「重要な経歴」に関する詐称に該当すると言わざるを得ない。
(2) またその学歴詐称の動機、態様についても、<証拠>によれば、昭和四七年一〇月二三日会社工場長と西本加工部長、永島事務課長が申請人と本件解雇問題につき話し合つた経緯の中で、申請人は「大学五年まで在学したと書くとどこにも就職できないと言われたので自己防衛のため中退のことを書かなかつた」と述べたこと、申請人が申請外朝日ビールの試験を受けた際、履歴書に大学中退と記入すれば、学生時代に学生運動のようなことをやつていたのではないかとの疑いをもたれ採用され難いということを右申請外朝日ビール労働組合の役員から聞かされ、その後就職するためには高卒という資格で入社試験を受けなければならないと考え、申請人は被申請会社の入社試験を受ける際、故意に履歴書に最終学歴を記入しなかつたものであることが疎明されるから、この点申請人の信義性に疑問をもたれてもやむをえないといわねばならない。なお申請人は会社の工員募集方法の不当をいうが、現場作業員の募集につき大卒者の応募が予想されなかつた昭和四七年二月当時、会社が募集公告に学歴制限を公示しなかつたことをもつて不当とは言えないからこの点の主張は採用しがたい。
(3) に右詐称発覚の経緯については<証拠>によれば会社枚方工場人事担当の永島事務課長は、昭和四七年六月一二日、本社総務部職員課長から枚方工場事務課長に転任の発令を受け、同月二〇日から事務課長の仕事を始めたにすぎず、同年七月の申請人ら途中入社六、七名の本工採用面接試験までに、申請人について調査が未了であつたこと(永島課長は前任者である鳥羽課長から、申請人の履歴書中の大原組は名古屋所在である旨の引きつぎを受け、名古屋を調査中であり、又、自ら金剛測量の人事担当課長へ問い合わせに赴き、同会社勤務当時、申請人が同会社の寮を退寮させられたことがあること、勤務状況もよくなかつたことを聞いていた)、会社は昭和四七年九月下旬、申請人が熊本商科大学に在学していた事実を知り、同年一〇月二日永島課長が熊本に調査に赴くなどして申請人が専門科目四二単位(疎乙第三号証)をも取得し、第五学年次に在学していた(疎乙第二号証)ことがあることをも知つたことが疎明される。
右事実からすれば、会社が申請人について金剛測量の前勤務先である大原組在社当時の調査を必要と考え、八月一〇日の発表の際は申請人の本工採用を見送り、鋭意大原組の所在調査を続けたことは当然であつて、申請人の主張する様な不当労働行為意思、思想信条による差別扱の意図に出たものとは解せられず、また調査開始の六月二〇日ころから大学在籍判明までの期間が三か月以上の長期間を要したことも、大原組の所在確認に手間どつたこと、申請人の本籍、大学が会社から遠隔の地にあることなどからして、やむをえないことと考えられ、ことさらに採用を引き延したとは解し難い。
(4) そして、以上の事実を総合すると、申請人の学歴経歴の詐称はまさに就業規則第六七条に違反し留保解約権行使事由に該当するものと断ぜざるをえず、申請人の後記不当労働行為、思想信条による差別扱の主張を併せ考えても本件解雇の決定的原因は、申請人の学歴、経歴の詐称にあると認めざるを得ない。
四そこで次に不当労働行為の主張について検討する。
(1) <証拠>によれば、試用期間中の工員を本採用するについては、試用期間中の勤務成績、職務知識、一般常識に関する筆記試験の成績及び経歴の再調査、最終的には工場長、総務部長を含めた面接の結果を総合的に評価して決められ、会社が右採用方針に従い申請人の前職である金剛測量の坂本人事課長に会つて申請人の前歴、勤務態度、性格等について聞きこんだ事実が認められるが、これは前記のとおり申請人を本採用するについて履歴の確認をとるという意味において必要な調査と認められ、特に申請人の組合活動歴に調査の主眼があつたとは断定しがたい。
(2) 次に証人河野康彦、同新藤朝和、同西本洋之助の各証言、及び申請人本人尋問の結果によれば、会社が本工組合制(本工はすべて組合員となるが、臨時工は組合加入ができない)ユニオンショップ制をとつている為試用期間中の申請人は組合員ではなかつたけれども申請人は職場会議の席でも活発に発言し、若い人の中で指導的立場にあり、加工二課交替勤務変更の問題(一直、二直に残す者と常直とに分ける問題)について、一部だけの者を一直に導入することは差別につながるという理由で反対がおこり、申請人がその反対グループに所属していたことは会社も熟知していたこと、申請人を含めた反対派の行動が実つて、会社は全員常直一本にしたことがあつたこと、申請人が前職の金剛測量に勤務している頃から阪神労働学校に通つているらしいということを会社が察知していたこと、以上の事実が疎明され、会社が申請人の組合活動への関心ないしは将来の組合活動への指向に対し注視していたことがうかがえるが、前段説示のとおり本件解雇の決定的原因は申請人の学歴経歴の詐称であると認められるから、申請人の不当労働行為の主張は採用できない。
五申請人は更に本件解雇は思想、信条に基づく差別であるから無効であると主張する。申請人が会社に入社する以前の金剛測量に在職中、阪神労働学校に通つており会社に入社後も引き続き同学校に通つていたこと、会社も右事実を察知し申請人の労働組合運動への指向に対し注視していたとうかがえることは前段認定のとおりでひいては会社が申請人の右指向を嫌悪していたのではないかと疑わせる点がないとはいえないけれども、そのことから本件解雇が思想信条に基づく差別扱いであると断ずることはできず、本件解雇の決定的原因はくり返し説示したとおり申請人の学歴経歴の詐称にあると認められるから申請人の右主張も採用しえない。
六なお申請人は本件解雇は懲戒権の濫用であると主張するが、<証拠>によれば会社が職能資格制度をとつている関係上、かかる経歴の持主を会社においておくわけにはいかないという判断の下に、本来なら懲戒解雇になるところ、会社は申請人の将来を考え自主退職を再三勧告したが、申請人がこれに応じなかつたこと、申請人が最終学歴の重要性及び「大学中退」と記入すれば採用されるのが極めて困難になることを十分認識しながら、故意に最終学歴を記入しなかつたこと、申請人が採用されてから解雇まで約八カ月にすぎないこと及び学歴経歴詐称の程度から判断すれば、会社が申請人を従業員として不適格と認め解雇したことは、前記就業規則の条項所定の要件を充たすものであつて有効というべきであり、これを解雇権の濫用であるとする申請人の主張は採用することができない。
七以上に述べたとおり、本件解雇の無効を前提とする本件仮処分申請はその被保全権利についての疎明がなく、右疎明に代え保証を立てさせて仮処分をなすべき場合にもあたらないと認めるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(今富滋 八丹義人 日野忠和)